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梶田叡一先生の教育コラム

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「言葉の力」を考える 連載3

「言葉の力」をより深くとらえるために

環太平洋大学 学長
中央教育審議会初等中等教育分科会 会長
梶田叡一


(1)「言葉の力」の2面性

 子どもを賢くする、これは教育の本質に関わる目標です。誰にでもこの思いはありますが、具体的にどうすればよいか、何に着眼したらよいのかが、問題なのです。

 着眼したいのは、「言葉の力」です。この「言葉の力」には、実は2つの面があります。

 1つは、論理的な意味での「言葉の力」です。きちんと読みとること、きちんと書き表すこと。そのために概念を、論理を、大事にすることです。
5W1H的な分析的な思考を、言葉によってフルにはたらかせることです。そしてきちっと読み取り、きちっと書き表すことです。今までの国語の指導では、ややこの概念の指導、論理の指導が弱かったと思います。

 もう1つは、イメージや連想に関わる「言葉の力」です。「メタファー」(隠喩)で表したものをどう読みとるか、「メタファー」を使って何を表すか、つまり文学的な意味での「言葉の力」です。これは、なかなか一筋縄でいきません。

 中原中也の詩があります。「汚れちまった 悲しみに」とあります。「悲しみ」の概念に「よごれちまった」の概念、それを組み合わせるのは普通ならありえない乱暴な話です。ロジックの世界ではありません。まさにメタファーの世界です。しかし、こうした世界を理解しなければ、心情の豊かさ、表現の深さ的なものが落ちてしまうのです。

 心の豊かさを自分なりに表現する、深い心の中にあるその人個有の心情をかいまみる、そういう豊かな深いレベルでのコミュニケーションが、ロジックをこえた形で初めて可能になるのです。

 「ロジックの世界」と「ロジックを超えるメタファーの世界」は、「言葉の力」にとってとっても大事な2つの側面です。国語という教科は二重の使命をもっているのです。どの教科にも使いこなせるロジックとしての「言葉の力」を育てなければなりません。それと同時に、国語科固有の文学の世界、言葉を使って深いところへ迫っていく「メタファーの世界」へも導かなければならないのです。この2つの使命はかなり大きく性格が違うことを念頭におかなければなりません。

(2)松尾芭蕉のメタファーの世界

 松尾芭蕉の「古池や 蛙(かわず)飛び込む 水の音」について、メタファーの世界を考えてみます。

 古いお池があって、蛙が、「ポチャン」って飛び込んで、その水の音がした」という情景は、4年生ぐらいでも思い浮かべることができます。だけど、それだけのことだったら何も面白くありません。

 この句のどこがすばらしいか。どこかに芭蕉の感動があるからです。心のこだわりがあるのです。「なぜ、古い池なのか」「なぜ、蛙なのか」「なぜ、水の音なのか」です。「水の音」「蛙とびこむ」「古池」この3つを論理的に結びつけて表面的に読み取るだけではだめなのです。芭蕉は、この句で何を表したかったのだろうと考えなくてはならないのです。「書き手の空間」です。ロジカルな面からではなく、メタファー面からの理解が必要です。このためには教材研究が不可欠になります。

 この俳句については、其角(きかく)というお弟子さんの、どういうふうにこの句ができたかを解説した文章が残されています。そうした資料を参考にして考えてみると、はじめに芭蕉の耳に聞こえたのは、「ポチャン」という水の音だったようです。その「ポチャン」という音が、とっても心に染みるような音だった。それで芭蕉が「あ、蛙が飛び込んだのかな」とつぶやいた。そういうことで、「蛙飛び込む 水の音」という下の句ができたといいます。

 そこで芭蕉は、お弟子さんたちに「この下の句に対して、上の句としては何をつけたらいいだろう?」と尋ねられた。そしたら多くのお弟子さんは「<山吹や>とつけたらどうでしょう」と答えたというのです。蛙と山吹という取り合わせは、歌の道では非常に古くから連想されるわけです。歌の道の常識では、「蛙が池に飛び込んで、ポチャンと音がした、そこには山吹の花が咲いていた」という光景になるのではないか、というわけです。

 しかし芭蕉は、それではだめだ、といったのです。「ポチャン」という音、これが自分の心にしみじみと響いた。そのしみじみした響きを何かの風景で表現するとすれば、この場合は少なくとも山吹ではないと、芭蕉はいうのです。

 山吹の花はどちらかといったら派手で、くっきりしています。真っ黄色の山吹の花が咲いていて、そこに蛙がいて、水に飛び込んだ、というくっきりとした情景は、自分の聞いた水の音とはどうもそぐわない。あのポチャンはそういう感じではない。例えばふるさびた池、ちょうど墨絵のような情景、これが自分の聞いたしみじみとした音にふさわしいのではないか。ふるさびた池があって、そこに蛙が飛び込んで、ポチャンという音がした。そういう感じの「ポチャン」だったように思う。上の句が「古池や」になったのはそういうことだった、というのです。

この俳句の場合は、下の句のほうに感動が表現されていて、上の句に注釈として、説明として「古池」という連想のネタをもち出した、ということなのです。

(3)今日的な課題

 「言葉の力」を簡単に考えてはいけません。「言葉の力」の育成ということを、本気で実践課題として考えていただきたいと思います。

 きちっと読みとること、きちっと書き表すことから始めなければなりません。特に国語科では、それをやるとともに文学教材を大事にしなければなりません。ロジカルなものを抜きにした、自分勝手にイメージを膨らませることはよくありません。ロジカルな力をつけながら、そしてその上に、メタファーの力をつけたいのです。

 新しい指導要領の目指しているいちばん大きな実践課題が「言葉の力」です。その着眼点や視点のヒントとして、ここに挙げた点を考えてみていきただきたいと思います。

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